そもそもアートディレクターとは?
前回「ディレクターとは何ぞや?」という内容のことを書かせていただきましたが、今回はそのなかにも出てきた「アートディレクター」について、もう少し書かせていただこうと思います。
まずは前回のおさらい的な話になりますが、アートディレクターについて簡単に触れておきたいと思います。
ディレクター(英:director)とは「監督全般を指す言葉」(フリー百科事典『ウィキペディア』引用)であり、「アートディレクター」(英:Art Director略してAD)とは「美術表現、芸術表現をもちいた総合演出を手がける職務(中略)商業活動のなかでは、広告、宣伝、グラフィックデザイン、装幀などにおいて、主に視覚的表現手段を計画し、総括、監督する職務」(同引用)のことです。
広告物を制作する多くの場合は、デザインを実際に行うグラフィックデザイナーやコピーライター、フォトグラファーなどがひとつのチームとなって制作を行います。その際に、「監督」となって全体を指揮する役割を担うのがADなのです。
チームを動かす、大切なもの
チームで仕事をし、さらにその中で専門性を持ったメンバーに指示しなければならないのですから、個々が受け持つ仕事への知識と理解が必要となります。
しかし、時には、その受け持ちの範疇において、ADである自分より経験と知識をもったメンバーと仕事をすることもあります。
私自身、過去に何度か「○○(特定分野)のデザイン一筋ウン十年」といったデザイナーと仕事をすることがありました。
このような方たちから出来上がってきた制作物の中には「さすが!」と思わせるものが多くある一方で、どこか違和感があるものも多々あります。
違和感の要因は主に二つ。一つは「古さ」、もう一つは「ごまかし」です。二つとも「ウン十年」のもたらす負の副産物なのですが、前者は簡単に言えば流行についていけていないことから起こる事象。
これは、年齢を重ねていけば、どんな方にも当てはまることと思いますが、広告デザインの世界でも同じです。
後者は、経験や技術があるので主に意図的に起こす事象。どういうことかというと、時間的に、あるいは物理的に手を抜きたいがために、長年の培ったテクニックを駆使して「ごまかした」ものを作ることです。
こういった「違和感」を覚える制作物ができあがってきた場合、それを修正するための指示を出さなければなりません。
ただし、先にも書きましたが、相手は「ウン十年」の知識と経験を持った人です。
その相手を納得させ、自分の思うようなものに仕上げるための指示を聞き入れてもらうのは、並大抵のことではありません。
では、どうやって納得させるのか?そこで大事になるのが「素人(しろうと)」の目線です。
「素人」目線を持つ重要性
ここでいう「素人」とは、広告の制作に携わらない、もしくは知識を持たない人のこと=専門性を持ち合わせていない人のことです。
すべての広告には、それを見てほしい対象者がいます。広告のコンセプトや方向性はその対象者に向けて立案されます。
対象者はほとんどの場合、ここでいう「素人」です。「ウン十年」の人たちを説得するには、いかに この「素人」の人たちに説得力のある広告を「ウン十年」の経験と技術を駆使して作りあげていってもらいたいか、その目線に立って、丁寧に説明を積み上げていくしかありません。
それが、結局はコンセプトや方向性にマッチした広告になるのです。
実は、対クライアントに関しても同じことが言えます。
クライアント(広告主)は、例えば広告を打とうとする商品のことを誰よりもよく知っています。
なので、その商品の特徴をできる限り事細かに掲載したがる傾向にあります。
ただ、多くの場合、広告を見る人は、その専門性や詳細までを求めません(ただし、専門家やプロに対しての広告はこの限りではありません)。
また、例えばポスターやチラシを制作する場合、物理的にもそこまで情報を詰め込むことは不可能です。そこで、コンセプト立案時や制限された表現の中で、クライアントに最も納得してもらえるのが、「素人(専門性や詳細な知識のない人)」の目線に向けての提案なのです。
アートディレクターになりたいのなら…
デザインを学ぶ学生や駆け出しのデザイナーの中には、将来はアートディレクターに!!という人も少なくないと思います。
知識を増やし、経験を積んでいくと、自信がつき、ともすると独りよがりになりがちです。
これまで、あえて「素人」というあまり印象の良くない言葉を使ってきましたが、言いたいのは、初心を忘れないということです。
自分自身が「素人」であった頃の感覚を持ち続けること。実は、そのことが、厚い信頼を得ることができるアートディレクターへの近道なのです。
ライター:肩メロン 改め 肩ロース